世界からも、留学からも遠かった“普通”の私が発展途上国フィリピンで現地人になるまで

世界からも留学からも程遠かった私が、世界の貧困をなくすために

 

こんにちは。トビタテ4期でフィリピンに留学していました大野雛子です。

「世界の貧困を失くしたい!」という思いで現地NGOにてソーシャルビジネスを学んでいました。

 

前回私が書いた記事:服を選ぶように留学を考えてほしい!大学に行く以外の留学のカタチ

 

9月8日におこなわれた成果報告会にて優良賞を受賞させていただきました。今回はそのプレゼンテーションやその後についてお話します。

 

世界からも留学からも程遠かった“普通”の私

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私は生まれも育ちも首都圏で海外旅行の経験はなく、大学ではインド哲学を学び、TOEICの成績も大学の成績もあんまりよくない、“留学は難しい”類に入る学生でした。家庭は一般家庭、自分は特別に長けているものもないかな…みたいな普通すぎる学生でした。

 

大学1年生の夏休み、なんとなく海外に行ってみたいという思いました。チケットの取り方も、英語もわからなかったので大学のプログラムを探したものの、アメリカやイギリス、オーストラリアは短期でも高い

そこで発見したのがフィリピン9日間のプログラム。途上国なので、参加費は払えそうな額でした。そう、私は安いからフィリピンに決めました。

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フィリピン9日間で目にしたものは、人生で見たこともない目新しいものばかりでした。中でも貧困は「私は普通である」という概念を打ち砕くものでした。

私の中での普通は世界にでたら普通ではありませんでした。

 

以来、私は長期休みを使ってフィリピンへ行ってみたり、本を読んだり、大学の先生の研究について回るなどして私に衝撃を与えた「貧困」がなくなる糸口を探り続けました。

そこで出した仮説は「ソーシャルビジネスで雇用を生むことで貧困はなくなる」というもの。それをフィリピンに住んでフィリピンをより知ることと合わせて、経験を通して確かめたいと思いました。

 

ビジネスのビの字も知らない私がビジネスで貧困に挑戦

 

そこで出会ったのが、トビタテ留学JAPAN。審査基準は“熱意”。まさに私にぴったりの奨学金プログラムでした。

 

そして私は見事合格し、飛び立ちました。

 

といいたいところですが、私は2期応募時に落選。留学のハードルは高いと感じ、3期の応募は受けませんでした。しかし、4期で再挑戦。そしてトビタテ生としてフィリピンに行く夢を叶えました。

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しかし、夢への挑戦はここからです。

フィリピンのソーシャルビジネスでのインターンで私が直面したのは「ビジネスのビの字も知らずにここにきてしまった」という現実でした。

 

そこで私は自分でビジネスをやってみることにしました。これが1番の挑戦でした。本当に右も左も分からないけど、やってみないと本当に何もわからないまま帰ることになったらきっと後悔すると思って、意を決しました。

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フィリピンの若者とともにTシャツ染め、販売するというビジネス。Tシャツは多くの機会で販売することができて、売上を得ること、そして若者の収入を増やすことができました。

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しかし、私が本当に成果だと思えたのはお金ではありませんでした。このビジネスの間、今までお酒やタバコばかりで1日が終わっていた若者がTシャツ作りに励んでくれたり、得られた収入で行きたい場所へ行ったり、本を読むようになったことが1番嬉しいことでした。

 

貧困と3年間向き合って見えてきた答え

 

私は貧困は「お金がないこと」だとは思っていません。なりたい職業につけない、行きたい大学に行けないなど、「選択肢がないこと」だと思っています。

 

ソーシャルビジネスはやっぱり世界を変える可能性があります。しかし、ソーシャルビジネスを貧困層がスタートさせる世の中があってもいいと思いました。

 

今、世界の「普通」は先進国が途上国を支援したり、富裕層が貧困層を雇用することかもしれません。私はその逆のシステムを作り出したいという夢を持ちました。

 

「貧困層が人を雇用する」ということが普通になる世界を目指します。

 

 

寄稿者

profile

大野 雛子(おおの・ひなこ)東洋大学文学部東洋思想文化学科、1996年生まれ。大学の短期留学プログラムに参加したことをきっかけにフィリピンの貧困問題に関心を持つ。トビタテ4期多様性人材コースとしてフィリピン最大のNGO「Gawad Kalinga」でインターンを経験。ソーシャルビジネスを学ぶ傍ら、LIGでライターとしてインターンも経験。多数執筆: ポートフォリオ