「ちょっとアマゾンいってみない?」福島のド田舎出身の私がアマゾン河で汚染された水環境解決の糸口を探る研究プロジェクトに参加するまで

自己紹介

・福島県の田舎町の出身

・部活に明け暮れた青春の日々を高校で過ごし、微生物の研究をしに日大農学部へ

・大学三年の時にもっと研究がしたくなり東工大へ大学院を進学することを決める

・現在は東工大生命理工学部に所属し、トビタテ留学JAPANで休学してアマゾンで修行中

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アマゾン河に飛び込む私

 

2011年3月11日、今から5年半前のあの日

私は実家のある福島県の中通りにいました。その日はすでに高校を卒業していたので夜行バスで友達とディズニーランドに卒業旅行に行く予定でした。楽しみな気持ちを抑えきれず、だいぶ前から準備をしていたのですが、それは突然大きな悲しみに変わってしまいました。

あの日の出来事は私にとって大きな絶望と死を感じた瞬間であったため、一生忘れることはできないですが、皮肉にも私の人生の大きなターニングポイントとなり、現在こうしてブラジルに長期滞在しているきっかけになったと言えるのかもしれません。

その後、大学に入学し、私の専門であった微生物の分野で、震災の被害をなるべく早く除去することに関わるような研究を卒論のテーマにしようと考えていました科学雑誌には「流行り研究」と言わんばかりに、放射性元素を植物で除去する実験やその結果が多く載っていたため、このような方法を用いて除去することが可能であるんだ!という希望を持つことができました。

研究室に所属する前にたまたま行った理研の一般公開で、福島の海に震災後に潜り自らサンプリングをしたという、まさにクレイジーな研究員の話を聞くことができ、その瞬間、ほぼ直感でその研究室に行くことに決めました。

ちょっとアマゾンに行ってみない?

大学の学外研究派遣という制度を使って卒論は理研で行うことが決まり、初めてこれから取り組むテーマや研究の方針について話し合う打ち合わせに行った時のことでした。もちろん長期ではなく長くても一ヶ月間サンプリングをして帰って来る短期間の派遣でしたが、今まで旅行でしか行ったことのない海外で、まさか自分がフィールドに立てると思ってもいなかったため衝撃的な一言でした。

私は一瞬固まってから、でもほとんど反射的に「行きます」と返事をしました。

福島の件とは全く関係のないように思えましたが、アマゾン河を構成する有名な主流のひとつには鉱山から流れてくる川があり、その水に含まれる元素を微生物で回収して有効利用を目指すというのがアマゾン河を調査拠点として行う研究の目的でした。

この微生物を用いた手法をアマゾンの鉱山由来物質が豊富な環境で試すことで手法の確立をより簡単に行うことができると考えられます。

将来的にはこの手法を、汚染地域に特有の微生物を利用し、震災後の福島のみならず世界の汚染された水環境に応用していくことが震災から学ぶことだと、私は考えています。もっと大きなことを言うと自然を汚染される前の姿に戻し、「人間と自然が共存して暮らすことのできる世界」を作ることが私の野望です。

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アマゾン河を構成する白と黒の川の合流地点

 

今の私が形成される私の幼少期の分析

私はとにかく真似したがり、やりたがりで負けずぎらいだったので、兄やいとこや友達がやっていることは全部やりたい性格でした。今思えばスポーツ系や文化系の一連の習い事を浅く広くかじってきたため、「特技はこれです」と言えるものがないのが残念ですが、遊ぶのにも常に本気で森や川が近くにありそこで兄の友達と男顔負けに服を汚しながら遊んでいたことが、自然の魅力にとりつかれているきっかけであり、福島を思う気持ちが根底にあったからこそ、震災が起爆装置になって自然や故郷への思い出が呼び起こされ覚醒したのだと思います。その時に養った好奇心と冒険心が基盤にあるため、アマゾン行きには何の抵抗もなく行くことができました。

言い換えれば、私の何にでも挑戦したがる、やりたがりの性格が理研とアマゾンへの切符を与えてくれたのだと思います。

 

留学の意味

私は自分が日本の「量産型労働マシーン」にはなりたくないと思い、自分を鍛え、試し、日本のみならず世界で働けるために努力できる力と強い精神力が自分にあるのかどうかを見極めるために海外留学を決めました。

その精神力とは、様々なルーツを持つ人の中にマイナー国の自分がまぎれ込み、様々な面において発展していると言われている国の代表として、そうではない他の地で暮らし、その中で適応して過ごしていくことができるかといったことです。保護者や指導教官などの庇護が比較的薄く、積極的な姿勢を求められる環境で過ごす事で、物事や自分の生まれ育った環境をより俯瞰的に見る事ができ、今後、多くの問題を解決する上で必要な多角的な見方をするためのいい機会だと思っています。

留学は特段珍しいことでも、特別なことでも、評価されるべき対象であるとも思いません。「留学をして何を得たのか」が重要でありこれが国内でできることであれば、わざわざ一年間を無駄にしてする意味はないと思います。時間をいたずらに使い一年を過ごすのも、毎日必死で勉強して一年間を有効に使うのも、生かすも殺すも自分次第です。

「自分が本当にやりたいことが留学を通して成長した先の自分にしかできないのか」ということは留学をする前によく考えなければなりません。

 

私が大切にしている3つのこと

  • 目的を見つけること

将来やりたいことを仕事にすることは簡単ではありません。私には、できるかできないかは別として大きな野望があったため、やるべきことは明確でした。私の場合、前述した通り震災が起爆装置になって自然や故郷への思い出が呼び起こされ覚醒しましたが、私のように自分が本当にやりたいことや、本気になれることを見つけるのは難しいことだと知っています。

私は、生まれた時から働くまでの間は自分の本当にやりたことを見つけるための期間であると思ってます。いい意味で遊び、その上で学んで、お金で買えない経験を積み、それを活かすことが大切です。以前母校で後輩に挨拶をしなければならない機会があり、私は『「量産型労働マシーン」になりたくないなら今この時期に、本当にやりたいことを見つけるために全力で遊んでください』と言いました。(教授たちの前でも躊躇なく言いましたが、共感してくださいました)

  • 継続すること

上述したような、大きな目的だけではなく、小さな目標も立てて、毎日何かしら意味のある1日にすることが大切です。なぜか休日が多く、ストライキばかりで学校が休みになりがちなブラジルで過ごしていると、毎日が夏休みみたいで最初はだらけてばかりいましたが、毎日やることを書き出して休日でもそれだけはしっかりやるようにしています。

  • 意見を持つこと

日本にいるとどうしても”輪”を大切にしすぎて自分の意見が言えないことなどが多くあると思いますが、そのままでいると私はどうしても生きている心地がしないので、自分の意見を持って言えるようにしています。そのためには、経験や知識も必要になってくるので自然と勉強する癖がつくとおもいます。美しいことが何であるかは周りの判断に左右されるべきではないはずです。

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対岸まで約10キロ近くあるアマゾン河

 

最後に

こんな田舎娘でも変わることができたのは、何事にも臆せずに挑戦し続けたからだとおもいます。もちろんその過程での失敗は沢山ありますが、自分の目的に対して確固たる信念を持ち続け、努力した時間は決して裏切らなかったのでいま、新たにブラジルで勉強できるチャンスを掴めたと自負しています。まだまだ留学中で修行の身で何も達成していないので、ここまで偉そうなことを言っても説得力がありませんが、少なくとも今までの人生に対しては胸を張って「全く、いい人生だった!!!!」と言えます。

これからは自分の目標や野望を達成するとともに、両親、先生方、故郷や、留学資金を提供してくださったトビタテ留学JAPANとその協賛企業である皆様に感謝し、恩返ししつつも、またよりよい人生にするために精進していきます。

このように文章にすることで、自分の気持ちの整理にもなり、より一層努力するきっかけを与えてくださった、トビタテジャーナルの皆さんにも感謝いたします。

最後まで読んでくださりありがとうございました。

この人に、留学相談したい方は、Diverseasからどうぞ

ABOUTこの記事をかいた人

福島の田舎生まれ田舎育ち。 日本大学生物資源から某研究所で研修生をしており、 大学院は東京工業大学の生命理工学部に。 アマゾンで微生物の研究をしてます。わたしに、留学相談したい方は、留学codeからどうぞ。http://www.ryugaku-code.com/mentors/19