ストラスブールからのトビタテ便り了 -哲学者は役に立つ日の夢を見るか-

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ホホウ! 本日の更新はストラスブールからのトビタテ便り了 -哲学者は役に立つ日の夢を見るか-です。連載の最後を飾るトピックは「哲学は何の役に立つのか」という問いへの回答。要チェック!

トビタテ便りとは

トビタテ便りの詳細についてはこちらのページをご確認ください。世界中に留学しているトビタテ生から、週に1度1ヶ月の短期集中連載を行ってもらっています。ルールは2つ。「留学先の写真を載せてもらうこと」と「普通の友達には話せないような濃ゆい専門の話を思う存分ぶちまけてもらうこと」です。

6月のトビタテ便りも3人のトビタテ生に描いてもらっています。本日の便りは、政治哲学の中川さんから届いています。「哲学って役に立たないよね」という人にこそ読んでほしい連載です。

これまでの連載記事   

今までの振り返り

さて、最後の記事ということでまずは今までの連載の内容を振り返りたいと思います。まず1つ目の記事では、Xが役に立つか否かを考えるためには、Xが何であるか、Xが何に用いられるかを知っていないと回答不可能であることを言いました。

2つ目の記事では人が何かを選択する時には、複数の選択肢から一つを選ぶための価値基準が必要であると書きました。しかし価値基準は複数ありうるので、その中から更に一つを選ぶためのメタ基準が必要であり、これが無限に続く「無限後退」に陥ると書きました。

そして3つ目の記事では、最終的にはどのメタ基準を採用するかは信念、人間の軸のようなもので決まると述べました。そしてそれがどれだけ強く深くなるかは、哲学的思考=説明不可能になる最後の最後まで考え抜くこと、に掛かっていると述べました。

今日の記事で伝えたいこと

2つのことを伝えて、今回の連載を終えたいと思います。1つ目は、抽象的だと言われがちな哲学がどのように具体的な問題にアプローチするのかということを、TPPについて簡単に解説することで示します。

2つ目は、そのように具体的な問題にアプローチするためには多様な視点を持つことが必須であること、それこそが「学ぶ」ということの本質的な価値だということを伝えたいと思います。それではどうぞ宜しくお願いします。

普段はこんな感じの猫たち

普段はこんな感じの猫たち

TPPを通して政治哲学を考える1

TPPというのは、ものすごく簡単に説明すると「貿易する時の関税をなくして自由に物を売買しようぜ!」ということです。現在の貿易には国家が介入して自国に入れる物に対して税金を掛けているのです。それによって産業や市場をある程度コントロールするためです。

例えばお米なんかは、海外から来るものにたっぷり関税を掛けて、自国の米より安くならないようにしていますよね。これは、もし輸入米が安くて美味しいと日本の米が売れなくなって、米農家の人が困るからです。その先には、「稼げないから米農家はやめよう」ということで日本において米が生産できなくなってしまうという可能性も待っていて、国家はそれを恐れているとも言えそうです。(他にも様々な考え方があります)

しかし、これは逆をいうと日本が例えば車を輸出したい時に、たっぷりと税金が掛けられてしまうことも意味しています。「日本車は安くて質が良いから、税金をかけなきゃうちの自動車産業が潰れちゃうよ」ということです。100万円で売れるものを200万円にされてしまっては、150万円で同程度のクオリティのその国の企業の車には勝てません。そこでもっと関税を撤廃してみんな自由にやったほうがいいよ、というのがTPPなんです。(雑にまとめると)

TPPを通して政治哲学を考える2

国際経済学における重要な考え方に、自由経済は世界全体の富を増大させるというものがあります。実際理論上では様々な考え方から(代表例:リカードの比較優位論)これは正しいと言われています。これに対しては3つの視点が必要でしょう。「a.そもそも理論上正しいのか」「b.理論上正しくても実践では違うのではないか」「c.実践上も正しいとしても、結果が正義に反することはないか」

ここでaについて議論することには意味がないので飛ばします。bについては、やはりかなり理論値と実際の数字は異なると言われています。その理由の一つは自由経済と言いつつも政府は様々な方法で自国の産業を保護するからです(緊急輸入制限不当廉売など:国際経済法や国際政治経済の領域ですね)。

そしてcも重要な示唆を含んでいます。というのも、自由経済で実際に世界全体の富が増えたとしても、みんなが平等に成長するわけではないからです。例えば日本での米生産が100減る代わりに(米農家の数が減り、収入も減るとして)他の国の米生産が500増えるとしたら、全体では400増えていますし、日本に流通する米の値段も随分下がることでしょう。しかし、「それでいいのか!?」と思ってしまう方も多いのではないでしょうか。

TPPを通して政治哲学を考える3

つまり、「米の値段が安いことはより良い」という価値基準があるのと同時に、「食料自給率は高い方がより良い」という価値基準が同時に存在しているわけですね。国家は安い食べ物を諦めてでも米農家を守るのがより良いとも簡単には言えないかもしれません。

ここで考えなくてはいけないのが、まさしく「国家の機能とは何か」ではないでしょうか。国家は国民に何をするために存在しているのか? 自国の国益を守ることと仮定してみましょう。米農家のために関税を維持したほうが「より良い」ようにも思えます。

しかし、自由貿易をしないことで勝負に勝てない自動車産業のことを考えるとどうでしょうか。ここで「平等・自由」といった概念にも言及せざるを得なくなります。彼らにとっては自由貿易のほうが「より良い」としたら、国家はどちらの選択肢を取るべきなのでしょうか。そもそも、国家の機能は自国の国益を守ることなのでしょうか。

近所の猫はいい餌をもらっているらしく毛並みが良いです

近所の猫はいい餌をもらっているらしく毛並みが良いです

 

TPPを通して政治哲学を考える4

あるいは、国益とはそもそもなんでしょうか。国際政治における国益といえば、例えば防衛や外交、あるいはパワー(ジョゼフ・ナイのソフトパワー、ハードパワーの分類が有名です。パワーとは簡単に言うと、相手がやりたくないことをやらせる力、やりたいことをやらせない力です。)といった概念がよく取り上げられます。

防衛といえば日本では憲法9条に関連する様々な議論が起きていますが、これも帰結するべきポイントは「国家はなんのためにあるのか」という問いであるべきかもしれません。(ここでは深く立ち入りませんが)

私たちは何かを考える時に様々な価値基準を採用しています。しかし、同時に「その価値基準はそもそも何を指しているのか」という深い洞察が求められます。今の例で言うと、「国益を追求することがより良い」と言っても、もはやその言葉自体には何の意味もありません。国益の定義がなされていないからです。

TPPを通して政治哲学を考える5

このように遡って遡って遡った先に、「国家とは何か、何のためにあるのか」という政治哲学が答えるべき問いかけが待っているのです。(これは何かを役立つかどうかを判断するための前提と同じものです。「それが何であるか、それは何のためにあるのか」がわからないと評価できない)

そして、その問いに答えられた時初めて、選ぶべき選択肢を見つけることが出来るようになっていくんです。例えば以下のように。(これはわかりやすい例を挙げただけで、僕の考えとは大きく違う上に論理展開は雑です)

「国家は国益を追求するためのものである。国益とは、国家の経済的・軍事的自律性である。よって米などの食料自給率は自動車産業による利益に比べてより国益に直結しており重要であるから、関税を維持する政策を選ぶべきだ」

哲学が取り扱うような抽象的な概念「国家とは何か、自由や平等とは何か」を考え抜いて一つの軸に出来た時、このように現実の問題に向き合うための準備が整うということです。まさに、「哲学の意義」とはここにあります。

多角的に学ぶということ1

というわけで、ざっと取り上げただけで国際経済、国際政治、国際政治経済、国際経済法といった様々な学問的な知識や概念の理解があって初めて深く問題にコミット出来るということもわかったと思います。

現在日本では、政府の方針として文系学部廃止に向けた大きな動きを進めています。内田樹さんの国立大学改革亡国論「文系学部廃止」は天下の愚策という記事が広く読まれているようですが、これ以前からずっと問題視されていました。(例えばこちらは2014年の記事です)

そもそも役に立つ、立たないという評価をするための前提である「それが何であるか」「それが何のためにあるのか」(連載第一回の内容です)を十分に理解した上で話しているのでしょうか。きちんと学んだこともないのに、文系だから芸術系だからといった理由でそれらを軽んじるのであれば、それを「役にたつ」思考方法と表現することは遠慮させていただきたい。

寮の廊下で付いてくる丸い猫。みなバカンスで帰省して寂しそうです。

寮の廊下で付いてくる丸い猫。みなバカンスで帰省して寂しそうです。

多角的に学ぶということ2

僕はあえて今回の連載でたくさんの専門用語を取り上げ、リンクを貼りました。論理学から国際政治学まで、「何かを考えるということ」にどれほど多様な分野が関わっているかを示したかったからです。

僕はそもそも文系・理系といった括り自体が無意味なものであると感じています。よく理系は論理的で、文系はそうではないといった言説を見ます。論理というのは、ある前提と固有の法則に基づいて推定を重ねたものに過ぎず、数学でさえ自分の無矛盾性を証明できないことは以前の連載でも書きました

数字を0で割り算してはいけないというルールがありますが、その理由は、未だに「それだと今までの論理に矛盾が生じるから」です。都合のいい前提を作った上で論理を重ねていいのなら、どんなことだって言えるはずです。(数学が論理的ではないとも、役に立たないとも言うつもりは勿論ありません)

多角的に学ぶということ3

このように広く多様な分野を学べば、それぞれの得意不得意、あるいは不完全性や向いている領域というのが見えてきます。知れば知るほど、「役に立たない」などと断ずることがいかに難しいかわかるはずです。まさに無用の用、老子ですね。

例えば面白い例では、エンジン工学と建築学が「環境問題」という視点から繋がっていたりします。現在先進国を中心に「持続可能性」というのが一つのキーワードになっています。環境を破壊するペースで工場を動かし続けるのは、環境の持続可能性という観点から「よくない」といった具合です。

そのため、先進国の都市部では集合住宅の価値が見直されています。一軒一軒が離れているよりもずっと熱効率をよく出来る、そうすればエネルギーを効率的に使えるからです。その熱効率を良くするために、エンジン工学の技術が転用されたりします。何がどこに活かされるのかなんていうのは予見するのが極めて難しいんです。

多角的に学ぶということ4

あるいは人口爆発の問題はどうでしょう。これからアフリカの人口は爆発的に増加すると言われています。遺伝子改良作物による食料の安定供給や政治の安定化、感染症対策の発達など様々な要素が絡んでいます。が、この人口爆発が世界全体のエネルギーや食料消費を増やし、工業化が進めば環境破壊も進むということで懸念事項も多いです。

そのため、世界には国際連合人口基金といった組織があり、人口爆発の程度を下げるように行動しています。ここで面白いのが、経済レベルが上がるほど出生率が下がるというデータがあることです。子供をたくさん産まなくてはいけないのは、感染症や栄養失調などで最初から「子どもは死ぬことがある」前提だからだとも言われています。貴重な労働力ですから、数を増やすのが手っ取り早いわけです。(この辺は異論もあるようです) そこで経済レベルを上げ、医療の質を高めれば子供の死亡率も減って人工爆発にも歯止めがかかるだろうということです。

僕はそれを知り、世界の未来のための経済開発が非常に重要なのだと考えていました。そんなある日開発学系の友人ヤノマミという本を紹介されて読んだところ、そこには未開の地で生きる尊厳と伝統の残る民族の「私たちの考える豊かさ」とはまるで違う世界で生きている人たちが描かれていました。

膝に乗るまで仲良くなるのに時間のかかった小さい猫

膝に乗るまで仲良くなるのに時間のかかった小さい猫

多角的に学ぶということ5

狩猟生活をしていれば、経済発展はありませんが貧困と簡単にラベリングすることは極めて難しいです。しかし、その生活の状況を知るために接触すればするほど、先進的な文化も同時に彼らの文化に入っていかざるを得ず。カメラや携帯、パソコンといったものの存在を知った瞬間から、その価値は変わっていかざるを得ないという現実が描かれていました(例えば若者はスペイン語を覚え、ラジオを聴き最新の音楽を好むといったように)

きっと人類文化研究をしている方ならもっと上手に伝えられるんだと思いますが、その価値は例えば「僕たちの考える豊かさ」という尺度で捉えることで歪んでしまうこともあるんでしょう。単純に「経済を安定させることが最も良い」わけではないのかもしれない。本を紹介してくれて他の視点を持つきっかけを与えてもらえてよかったです。

一つの視点から見れば「経済発展が一番」かもしれませんが、他の視点から見れば経済発展することで失われるものも山のようにある。この「他の視点=他の価値基準」の意義は本当に強調しておかなければならないでしょう。

多角的に学ぶということ6

とはいえ、あくまで本気で掘り下げることの出来る学問は限られてしまいます。専門性を持つには時間と体力を割かねばならず、それを全てに行うことは出来ません。だからこそ、僕は違う分野の方と話すことがとても大切なことだと思います。開発学をやっている友人だからこそ、僕の単眼的な視点・考え方に違和感を覚えてこの本を紹介してくれました。

大学院にも進学し自分の専門を高めた上で、「最も本質的な価値まで掘り下げる」仕事を僕が担当し、それを現実のものに反映させられるよう、他の分野で頑張っている人たちと協働しながら様々な課題・問題に立ち向かっていく姿勢をもって今後は動いていきたいと考えています。

そんなわけで、現在進められている文系廃止論には心の底から反対です。短期的・単眼的な思考で導かれた結論ではありませんか? 役に立つ学問って、なんですか? 役に立つかどうか評価できるほど、それを知っていますか?

哲学は役に立つのか?

「哲学が役に立つか否か」を評価するためには、「それが何であるか」「何のために使われるか」を知らなくてはならないと、第一回の連載で書き、その2つについてこの連載で話してきました。

「哲学とはこれ以上遡る事が出来ないほど思考を深める事」(あくまで一つの特性にすぎませんが)であり、例えばそれは「政策評価、立案などの最も重要な根本原理として使われ得る」ということです。

ここから、哲学をどう評価するかはあなたの手に委ねられています。しかし少なくとも、初めて「哲学って何の役に立つのだろう」と思った時より、考えるための素材が少しは増えたのであればこの連載にも価値があったと思います。

トビタテの価値ーまとめに代えてー

この連載を書きながら、トビタテというコミュニティについて改めてたくさんのことを考えました。これまでのトビタテ便りで書かれているテーマは宇宙芸術農業テクノロジーマネジメント開発工学建築学と街デザインドイツオペラです。

これほど多様な分野で本気でやっている人たちがこんなにもたくさんいて、コミュニティとして動こうとしているトビタテ!留学JAPANが持つ価値はどれほどのものでしょうか。せっかく集まってもすぐに留学で離れ離れになってしまっても、ヤドカリプロジェクトといった形で留学先でも繋がりを保っています。

6月下旬からは交換留学していた一期生もどんどん帰国ラッシュが始まります。滅多に他のトビタテ生に会えない留学期間よりもむしろ、たくさん話して刺激し合える帰国後の方がワクワクするような留学奨学金。それが「トビタテ!留学JAPAN」の凄さです。

このような連載の機会をいただけてよかったです。ついつい熱くなり長文になりましたが、最後までお読みいただき本当にありがとうございました。

 

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現在トビタテ生30人と協力して、知の見取り図プロジェクトを進めています。様々な分野で本気で勉強している人が作る本棚を公開・共有するサービスです。簡単な本から難しい本まで読む順番も含めて紹介してくれるので、何か新しいことを学びたいと思った時の、その一歩目のハードルを大きく下げることが出来ます。実現間近なので気になる人は是非見て欲しいです。

留学相談したい方は、Diverseasからどうぞ

ABOUTこの記事をかいた人

NakaEi

トビタテ一期生。政治哲学と国際政治を学びにフランス政治学院に留学。「知の見取り図」代表、「トビタテハウス」管理人。人権保障をテーマに様々な活動をしている。2016年5月には東洋大学にてゲスト講師として政治哲学×移民に関する講義を行った。知の見取り図(http://mitorizu.jp)、トビタテハウス(http://www.tobitate-house.com)