オーストラリアからのトビタテ便り終幕 〜田舎に泊○ろう!〜:||

 

本日の更新はオーストラリアからのトビタテ便り終幕 〜田舎に泊○ろう!〜:||です。一ヶ月の連載の最後の結論は「留学が全てではない」。一体どういう意味なのか? 最後まで要チェック!

トビタテ便りとは

トビタテ便りの詳細についてはこちらのページをご確認ください。世界中に留学しているトビタテ生から、週に1度1ヶ月の短期集中連載を行ってもらっています。ルールは2つ。「留学先の写真を載せてもらうこと」と「普通の友達には話せないような濃ゆい専門の話を思う存分ぶちまけてもらうこと」です。

4月のトビタテ便りは3人のトビタテ生に書いてもらっています。本日の便りは、シドニー等にいる河島健太さんから。誰が読むのかこんな記事! という程本気で語った連載もとうとう本日でお終いです。最後まで濃厚な「農業」をお楽しみください。

本文

さて、この週刊コラムも今回が最終回となった。ここまで、
第1回:留学の発端と概要
第2回:肉牛農家での滞在記
第3回:野菜農家での滞在記
と掲載してきたわけであるが、いかがであっただろうか。

私の留学はいわゆる「留学」ではない。つまり、「留学」と聞いて皆さんが想像するようなものではないのである。語学学校や大学へ通うわけでもない。ボランティアやインターンのように働くわけでもない。断言しよう、私の留学で最も魅力的でありながらも、最も困難なポイントは「経験」の中にこそ、「学び」があるという点だ。

教科書や参考書があるわけでもない。教師や上司がいるわけでもない。いつも一定の規則があるわけでもないのだ。

ファームステイの体験記を読めば、ある程度の感覚は掴めるだろう。しかし、ファームステイは十場十色だ。つまり「郷に入れば郷に従え」なのである。日本人という圧倒的なマイノリティである私が、ある日突然、見知らぬ場所で見知らぬ人々と生活を共にする。その土地土地、家々には独特のリズムやルールがある。これを侵さぬようにしつつも、留学計画達成の為に、精神的な距離を縮め、ラポール(信頼関係)を築いていかなければならない。そこには教科書のように明文化された規則もなければ、教師のように黙って座って待っていれば誰かが全てを教えてくれるわけでもない。すべては人との繋がりの中で、「経験」を通してこそ明らかになる。

時には人に尋ね学び、時には動物や植物から学ぶ。
時には成功し、時には失敗する。そして次に繋げていく。

私はこの留学で気づきつつあることがある。
教科書を丸暗記しただけの人間が、実践で全て上手くやれるだろうか。
農業の一面、世界の一面しか知らない人間が、それらを魅力的に発信できるだろうか。
私は、そうは思わない。

 

人に教え、教えられ、自然や動物と共に暮らし、多くの失敗の中で、また1つ、また1つと強くなりながら生きていく。
「何が正しくて、何が間違っているのか。」
「そもそも正しいとは何だ。間違いとはなんだ。」
初めから全てを知る人間はいない。だから私たちは日々、試行錯誤の中で、もがきながらも生きているのだと思う。特に農業の世界ではそれが顕著だ。自然や動物が相手のこの世界では、「絶対」は特に存在しない。毎日が試行錯誤であり、毎日が「より良くしよう・生きよう」という上昇志向・上昇思考・上昇試行だ。

3つの失敗

ここで、この3か月間における、私の3つの失敗談を紹介しよう。

モー!追わないで!牛の恋愛逃避行!
ある日のことである。隣人からの電話がけたたましく鳴り響く。
「おい!お前のトコの牛が道路歩いてんぞ!」

━━遡ること2時間前━━
繁殖用にホルモンによって調整された牛の発情期たるや、もう手の施しようがない。人間の胸ほどの高さの有刺鉄線によって隔てられた隣人(肉牛農家)との境界。その先には雄牛。たまたまその有刺鉄線がたるんでいた場所を彼女は見逃さなかった。遂に彼女は、有刺鉄線という天の川を超えて、彼に会うことが出来た。と、言いたいところであるが、実はもう1つフェンスがあった。最終的に彼女は隣人の区域に侵入しただけで、放牧エリアに入ることは叶わなかった。とはいえ、彼女の居るエリアは道路へ通じる場所。こういうわけで、脱走劇の幕開けとなったわけである。

 

道路といえど、舗装はされておらず、道の両脇には牧場か雑木林が広がるだけである。脱出ポイントから100M道路沿いに離れた場所で、彼女は隣人によってすぐに見つけられた。

電話を受け、駆けつけた私たちは上手に囲い込みながら、牛を牧場へと誘導していた。その時私は門を開けるべく、牛のかなり前方にいたのだが、その瞬間、主人から罵声が飛んできた。
「なにやってんだクソ野郎!邪魔だろ!どけ!!」
いわゆるFワードであるが、私はかなり動揺した。言い返す言葉が出てこなかった。牛の前に立っていると、牛が警戒して進めないのは、過去に教えて貰っていたので重々承知であったが、遥か先であったし、1か月近くも共に生活していて、彼がそんな言葉を吐くのは初めてだったからだ。彼は牛(まして繁殖期の牛)が逃げたことに酷く苛立っていて、つい言ってしまったと、あとから謝罪を受けた。ひどくショッキングな出来事だった。

 

「お前は商売の何たるかを全く知らないな」
野菜農家に滞在して、マーケットで自家野菜を販売していた時の話だ。
海外のマーケットで外国人に、自分たちで育てたものを売るなどということは、経験したことがなく、私はとても意気込んでいた。しかし出だしに早速注意された。
主「そんなことしてると、誰もお前から物を買わないぞ。」
私は腕組みをしていたのである。腕組みは私の癖であるが、それが大層威圧的に見えるらしく、やめろと言われた。開始15分で凹んだ。

 

女性客が来た。
客「あのサラダミックス買うわね。」
私「こちらの商品ですか?3ドルになります。」
客「そうよ。1つちょうだい。」
私は商品をレジに持ってきたが、会計後、その女性客はそれを戻し、自分で別の商品を選び去っていった。
主「客に選ばせろ。お前が選ぶ必要はない。」
女性に渡す前に、私は見た目を確認し選んだ。少し悲しかった。

別の女性客が来た。
客「あの花を下さい。」
私「こちらですね。包装をご希望ですか?」
客「ええ、お願い。」
すぐさま主人がやってきた。
主「花は女性に売らせろ。男からは誰も花なんて買わん。」
私と時期を同じくして、ドイツ人女性も働いていたのだが、彼女に接客させろと言う。一種の男女差別だろう、と思ったが、主人が言うなら従わざるを得ない状況だった。

それから主人が言う。
「お前は商売の何たるかを全く知らないな。」
ごもっともだ。物を売る経験なんてアルバイトでレジをやった程度だ。知らないから、ここで学ぼうとしているんだろ、と思ったが少し悲しかった。

優雅にティータイム…
野菜農家での話だ。いつも通りの優雅なティータイムを終えて、仕事を再開する。その午後の仕事は、トラックの荷台に載っている園芸用の土を、畑に移すことだった。いつものようにシャベルでせっせと移していると…
主「時間がねぇ!早く移せ!」
なんと、夕方に園芸屋が閉まってしまう前に、もう1度土を買いに行くというのだ。その為に荷台を早く空にしろと言う。だから私は急いだ。急げば多少の土はこぼれる。
主「おい!その土高いんだからな!粗末に扱うな!」
注文付きの急ぎのオーダーである。結果的に時間は間に合った。その後で私は主人に言った。
「時間がないなら、なぜいつも通りにお茶を飲んでいたのですか。もちろん休憩は大切ですが、時に私たちは先を考えて行動しなくてはいけないと思います。」
彼はうなずくだけで、何も言い返さなかった。私は少し悲しかった。

留学=農業=成功×失敗

とはいえ、このような失敗談だけが全てではない。
過去のコラムで紹介したように、繁殖準備の注射やマーケット販売でのやりがい、牧場を爆走する巨大トラクターの運転など、想像していなかった経験はとても刺激的であった。そのような輝かしい経験からも学ぶことは出来るが、既に述べた通り農業では、「思い通りにいかないこと」の方がむしろ多いくらいだ。まして、外国で外国語で、それを行なおうというのだから、上手くいく方が珍しいだろう。

成功より失敗の方が多い。それならばどうするか。
失敗からより多くを学ぼうとする他ないだろう。

これこそが農業の醍醐味であり、留学の醍醐味でもあるのではないか、と私は気づき始めている。この3か月間を通して、オーストラリアだけでなく、様々な国の人に農業についてインタビューを行った。その結果見えてきたのは、実は世界中のいずれの国でも農業は不人気になりつつあり、農業と移民問題、農業と外国人による農地買収、といった別の問題を孕んでいる国もある。ということだ。しかし、テレビ番組やネット配信、全国的なマーケット、国の政策など、日本と違う視点で農業を是正しようとしている姿も見えてきた。日本にいては、気が付かなかったことばかりだ。

 

しかしある時、同じ農家で働くフランス人に言われたことが今でも強く心に残っている。

「君は日本の若者の農業離れを問題視しているね。だから、世界の農業を学ぼうとしている。でも、君こそが日本の農業から離れているんじゃないかい?君は日本の農業を良く知っているのかい?」

この言葉を受けた時、言い返そうとして、言葉に詰まった。確かに私は柿畑や野菜畑を持つ祖母の下で育ち、ノウハウや知識は心得ている。多くの農業に関するデータも理解している。しかし、日本全体の農業を知るわけではない。別の農家で働いた経験もない。この留学を終えた暁には、日本の農家でも同じように働きたいと思っている。今度は外国人を招く側として。海外の農業を体感してきたからこそ、日本の農業をより理解できるだろう。

 

私の思う留学

私の留学テーマが「農業×若者×海外」であるため、最後に私の思う留学を語りたい。
私は海外に行くことだけが留学ではないと思っている。日本にいても、全く知らない世界に飛び込んで、学ぼうとするならそれは留学と言える。私は外国語学部在籍であるため、私の周りには海外へ行く留学を希望する人たちが極めて多い。しかし、海外へ行くことだけが、正解だとは思わない。

海外に行くのも正解。日本に留まるのも正解。自分自身が納得して選んだ道ならば、どこに行こうとそれは正解だと思う。夢を探し、夢を持ち、悩み、葛藤して道を決める。そのプロセスにこそ価値があると思う。トビタテという留学促進国家プロジェクトに選ばれておきながら、このような発言をすることは相応しくないかもしれない。しかし敢えて言わせて頂こう。

「留学が全てではない。」

とはいえ、私のように留学することで、日本を見直し、より知ろうとする姿に行きつくのも、また事実だ。そして冒頭で説明した私のような、いわゆる「留学」ではない留学も大いに勧めたい。しかし他にも手段はたくさんある。

ボランティア、インターン、ファームステイ、ワーキングホリデー、語学留学、大学留学、ツアー旅行、バックパッカー…。
海外へ行く形はたくさんあるけれど、それぞれ良さがある。どれが間違いなどというものはない。自分が納得できる形を選んで頂きたい。

 

もはや留学が「留学」である時代は終わった。
そして、留学できる世界はどこにでも転がっている。
悩んで、もがいて、志向・思考・試行しながら道を選んで欲しい。

今までの全4回のコラムが、留学に悩める人々の手助けとなることを祈って。

 

留学相談したい方は、Diverseasからどうぞ