ウィーンからのトビタテ便り終幕 〜アリアドネの糸を追って〜

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本日の更新はウィーンからのトビタテ便り終幕 〜アリアドネの糸を追って〜です。最終回を迎える「ウィーンと芸術」についての連載。あまりの濃さに多くのトビタテ生もドン引きした、最終回は真骨頂の「オペラ」について。必見です!

トビタテ便りとは

トビタテ便りの詳細についてはこちらのページをご確認ください。世界中に留学しているトビタテ生から、週に1度1ヶ月の短期集中連載を行ってもらっています。ルールは2つ。「留学先の写真を載せてもらうこと」と「普通の友達には話せないような濃ゆい専門の話を思う存分ぶちまけてもらうこと」です。

4月のトビタテ便りは3人のトビタテ生に書いてもらっています。本日の便りは、ウィーンにいる大矢未来さんから。誰が読むのかこんな記事! という程本気で語った「芸術」連載を最後も最後になりました。どうぞお楽しみください。

これまでの記事はこちら 1 2 3

象徴としてのオペラ?

最終回では、ウィーンを代表するオペラについて語ります。作曲家リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)作家フーゴー・フォン・ホフマンスタール(1874-1929)オペラ《ばらの騎士》。アナクロニズムに包まれた彼らの作品は、今もなお愛され続けています。彼らと共に初演を実現させたのが同時代に生きた舞台美術家アルフレート・ロラー演出家マックス・ラインハルトでした。作曲家と作家は、彼らと話し合いを重ねながら今日まで残る演出の原型を作り上げたのです。

1.シルクハットの紳士が夢見る鬘時代

オペラは、数々の作曲家と作家の様々な形の協力関係の中で作られてきた。シュトラウスとホフマンスタールは、その中でも屈指の組み合わせである。この二人はそれぞれ音楽史・文学史でも時代を代表する人物であり、多くの作品が今日まで上演され続けている。ウィーンを舞台にした作品は三作あるが、最も有名なのが1911年に初演された《ばらの騎士》だ。

あらすじ
時は18世紀マリア・テレジアの時代。若い貴族オクタヴィアンは、恋人の元帥夫人の依頼で、田舎の親戚オックス男爵の結婚の使者として銀のばらを届けに行き、花嫁ゾフィーと恋に堕ちる。金目当てのオックス男爵に怒ったオクタヴィアンは策を講じ、婚約を解消させる。元帥夫人は若い恋人のために静かに身を引く。

18世紀といえば、上流社会の人々がモーツァルトのような鬘をかぶっていた時代である。オペラが初演された20世紀初頭の人々にとって、18世紀は150年ほど前にあたる。現代人にとっての150年前といえば、ちょうど第一回目で取り上げたリングシュトラーセ開通の頃になる(日本人にとっては、18世紀は江戸時代、150年前は明治維新の頃という感覚かもしれない)。
《ばらの騎士》は、燕尾服にシルクハットの紳士が夢見た鬘時代なのである。

2.演出プランから初演まで

18世紀を舞台にしているといっても、その舞台は完全に18世紀を再現したものではない。言葉や音楽、舞台演出は、18世紀の世界を一見そのまま舞台に表現していると言ってもいいかもしれないが、そもそも「婚約の印に銀のばらを届ける」という儀式自体がフィクションである。オックス男爵が口ずさむワルツは18世紀ではなく19世紀後半に流行したものであり、第三幕の舞台となる怪しげな居酒屋も、20世紀初頭のものがモデルとされる。感覚の鋭い人なら、様式感の違いに眩暈がするかもしれない…この作品の時代錯誤を見事に調和させているのが、視覚的な演出である。

舞台の視覚的な要素に強いこだわりがあったホフマンスタールは、初演前に舞台美術家のロラーと打ち合わせを重ね、綿密な演出プランを立てた。例えば衣装に関しては、オクタヴィアンに18世紀の最新の流行服を着せ、オックス男爵には時代遅れのものを着せ、両者に明らかな違いを示した。そして楽譜の出版と同時に、他の劇場での上演も初演に倣うよう、演出用の台本と舞台画、舞台衣装のスケッチをも出版した。楽譜とは別に演出の台本を出版する習慣は19世紀から存在していたが、初演時の形が今日もこれほど意識されるケースは珍しい

"Rosenkavalier" von Richard Strauss. Figurine 'Octavian' 2. Akt.

《ばらの騎士》第二幕 オクタヴィアン
ÖNB Bildarchiv und Grafiksammlung
E 963 – C

 

20世紀初頭の舞台改革と舞台技術の向上によって、19世紀までの舞台演出は、参考にすべき点はあるにせよ、大部分は時代遅れになってしまった。これに対して、その舞台改革の立役者たちの手で作られた《ばらの騎士》の演出は、今日でもなお舞台効果を発揮しているからだろう。ますますモダンな演出が増える現代、伝統的な形を維持した《ばらの騎士》の演出は、今なお人気がある

演出でもう一つ重要なのが、歌手の演技である。台本と楽譜には、演技上の指示も細かく書かれている。《ばらの騎士》には伝統的な喜劇の型がいくつも盛り込まれており、登場人物の演技が音楽と呼応することではじめて舞台上の効果を発揮するようになっている。しかし、当時は19世紀からの伝統が根強く、歌手に指示通りの喜劇的な演技をさせることは至難の業だった。一流のオペラ歌手たちは皆、活人画さながら書割の前で朗々と歌うことに、あまりにも慣れすぎていた。
稽古場で途方に暮れるシュトラウスと、歌手の演技力の無さに絶望するホフマンスタールは、当時の書簡から伝わる。オックス男爵の演技について、ホフマンスタールが「ユーモアもなければ愉快でも劇的でもありません」と、友人宛の書簡に書くほどの有り様だった。この状況を打破したのは、当時既に国内外で多数の演出を手がけていたラインハルトだった。

ラインハルトはオペラの演出家ではなく、演劇界で演出家として活躍した人物であるが、二人の作者とは以前から交流があった。ホフマンスタールの戯曲『エレクトラ』は、ラインハルト演出による上演を観て、シュトラウスがオペラ化を決めた作品である。

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ヨーゼフ・シュタット劇場
1920年代ラインハルトがウィーンの拠点とした。

友人の求めに応じて駆けつけたラインハルトは、「謙虚な観客」として歌手に助言をする程度のことしかできなかった。外部からやってきたラインハルトの力より、劇場付きの演出家の面子を守ることが優先されたのだ。しかし、ひどい状況は改善されず、いよいよラインハルトが舞台に加わることが許された。シュトラウスはこのときのことを「全員がリハーサルで完全な俳優に変わった!その結果、オペラの新しいスタイルが生まれた。完璧な上演だった」と後に回想している。

Repertoireaufführung in der Oper. Spielleitung: Erich von Wymetal, Bühnenbilder Alfred Roller.

《ばらの騎士》第一幕 1940年ウィーン
ÖNB Bildarchiv und Grafiksammlung
CL 859, 3

3.時代の象徴としてのオペラ

その後《ばらの騎士》が大成功を収めたのは周知の事実である。ホフマンスタールとシュトラウスはラインハルトに強い感謝の念を抱き、彼のために次の作品《ナクソス島のアリアドネ》の制作を始めることになる…
このような作曲家、作家、演出家といった異分野の芸術家たちの協働は、第二回で取り上げた分離派や、パリを中心に活躍したバレエ・リュスのほか、20世紀前半には数々の分野で試みられた。シュトラウスらの協働は、根本的に新しいものを作るというよりも、むしろ伝統的なものを新しい方法で組み合わせることで、自らをその伝統の継承者として位置づけようとしたのかもしれない。

ウィーンは、19世紀後半から「音楽の都」というイメージを国内外に積極的に発信し、観光客の確保や住民のアイデンティティ形成を行っていった。軍事的な敗北を続けてもなお、多民族国家の中心地としての体裁を保つために必要なことだったのかもしれない。

《ばらの騎士》もまた、流れの中で作られた作品なのは明らかだろう。《ばらの騎士》の舞台である18世紀は、ハイドン、モーツァルトの時代として、古き良きウィーンを象徴するものだった。さらに、ハプスブルク帝国が第一次世界大戦と終焉とともに崩壊すると、1911年初演の《ばらの騎士》は帝国最後の時代をも象徴することとなった。
あらすじから明らかなように、このオペラは政治的なプロパガンダとはほとんど無関係だが、あるいは無関係だからこそ、第二次世界大戦中(1944年2月まで)には、ウィーン国立歌劇場で50回以上も上演された。この事実も、オペラと社会との興味深い関係を物語っているように思える。

おわりに

こんなにとっつきにくい連載をお読みいただき、ありがとうございました!

「濃ゆさ」を意識しすぎた結果、さらりと読めない記事になってしまったのが反省点です。
「高尚な音楽」「あらすじは昼ドラ」と言われることもあるオペラですが、一つの作品・一つの上演の中にも、その時々の思想や社会、権力や国家のような、目には見えないものがたくさん詰まっていて、なかなかミステリアスです。今回の連載では、そんなオペラ史という迷路を少しずつ進んでいきました。

留学してからもうすぐ3ヶ月が経とうとしていますが、ウィーン人にとってオペラがいかに身近で、かつ特別なものなのか、肌で感じる日々です。

観劇日記もつけてるので、ご興味ある方はこちらもご覧ください。
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主要参考文献

Strauss, Richard. Betrachtungen und Erinnerungen. Edited by Willi Schuh. Zürich: Atlantis, 1981.
Hofmannthal, Hugo von. Sämtliche Werke Kritische Ausgabe. XXIV: Operndichtungen 2. Edited by Manfred Hoppe. Frankfurt am Main: S. Fischer, 1985.
《ばらの騎士》上演回数 Wiener Staatsoper (http://www.wiener-staatsoper.at/Content.Node/home/Startseite-Content.de.php)

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